ACIMタッチアンドゴー

奇跡のコースに復帰してのあれこれ

ゲイリー達のオンライン講座 (39)

4/26。

立て続けになりますが、日本時間4/15に配信されたゲイリー講座 The Judgment of the Holy Spirit, from ACIM Chapter 12, Section I (Part1)を視聴したのでメモメモ。

 

講座の本編

こういうご時世だけあって今回もコロナ関連の話題がいろいろ出てきましたが、ウィルスに関するゲイリー達の見解は前回の記事をご覧ください。今回は、世界的なコロナショックで冷え込んでいる景気について一言:

[ゲイリー]

(0:26) 僕はあまり予言の話とかはしないんだが、A&Pは今から2年後、つまり2022年から世界は人類史上最大の経済成長をするだろうと教えてくれた。なので僕はここ2年ほどは景気はよくないだろうと思っている。この予言を聞いた時(DU執筆時の1990年代後半)のダウ平均は7,000位だったが、あの頃から30年以内に100,000に達するというから、とんでもない景気拡大だね。

 

。。。という話は「神の使者」(Kindle版No.7334/紙本p465)にも書いてあるんですが、本当にそうなるかどうか気になるところです。でも本のほうでは「共産主義の崩壊によって」と書いてあるので、コロナ動向とは関係ないかもだけど。(^^;)

あと今回はシンディが本編のほうで「先週答えきれなかったQ&A」に6つも回答してました。そのうち1つを抜粋してみます:

[シンディ]

質問:私はコースを学んだり休止したりを何年か続けてきました。それで気づいたのは、私がコースにフォーカスしはじめる度に、夢の世界がただちに攻撃を開始するように見えることです。これはどういうことでしょう?

(0:45) 確かにそういう事はあります。しばらくコースから離れていた後で、久々にコースに戻ってくると、問題がエスカレートしたり状況が悪化したり、まるで世界から攻撃を受けるような感じになることも。なぜなら、エゴはあなたに心があることを思い出して欲しくないから。あなたがエゴに対抗して選択でき、別の解釈ができるという事を知ってほしくないから。あなたの動機が「エゴとの調和」から外れるやいなや、エゴはそれを攻撃しようとします。でも、あなたに必要な事は、その仕組みをただ認識するだけでいいのです。それをリアルにする事はないし、深刻になる必要もありません。

 

じつは身近なACIM友達がどのような道のりで歩んできたかを聞くにつれ、かなり多くの人が初期の段階でとんでもない目に遭ってるケース多くね?とは思ってました。(でも本人はそれを赦して乗り越えてしまってるので、あまり大変だったと認識してない事のほうが多い気もするけど...^^) そのへんのからくりについて、今回のシンディの回答が分かりやすかったです。

※なお、この現象についてはワプニック博士の「奇跡講座入門」p36でも詳しく解説してあります。

 

Q&A

今回のQ&Aも12の質問がありましたが、シンディが本編で対応した6問も合わせると結構多かった印象です。祈りに関する話題をひとつだけピックアップしてみます。

 

Q2. 私たちは学習者としてJに祈る時、苦しいことも彼の目(キリストの心眼)を通じて見られるよう助けを求めます。そこで、(2000年前に)Jがどのように神に祈ったか、彼だったらどんな言葉を使ったか知っていたら教えてください。

(1:13) シンディ:Jはコースで私たちにオリジナル(原型)の「主の祈り」を与えてくれています。これはJならどう祈ったかが分かる良い例となっています。シンディ暗唱:

「(T-16.VII.12) 父よ、私たちの幻想をお赦しください。そしてあなたとの真の関係を私たちが受け入れられるように、私たちを助けてください。その関係の中に幻想は存在せず、幻想が侵入することもありません。私たちの聖性はあなたの聖性です。あなたの聖性が完璧であるというのに、私たちの中に赦しを必要とするものがあり得るでしょうか。忘却という眠りは、あなたによる赦しとあなたの愛を思い出したくないという気持ちにすぎません。私たちが誘惑に迷い込むことがありませんように。神の子が惑わされることは、あなたの意志ではないからです。そして、あなたから授けられたもののみを、私たちが受け取り、あなたにより創造されて愛されている私たちの心の中に、これだけを受け入れることができますように。アーメン。」

(1:14) こんな風に、私たちが幻想から出られるよう助けてください、と言ってます。短い祈りですが、Jならこうした内容を祈ったはずです。彼がコースで説いているような事が、2000年前のJのものの見方だったわけですから。伝統的キリスト教徒の「主の祈り」とは全然違いますね。

 

(1:15) ゲイリー:そして覚えておいて欲しいのは、Jはそれをアラム語で言ってたから英語に比べてもっと美しかったってことだ。そしてJの多くの神への祈りは心を通じて行われていたから、ほとんどの場合は言葉を使わなかった。彼が祈りに言葉を用いたのは、他の人々の祈りを主導するとかそういう時だった。

(1:16) 当時は聖霊という概念はなかったから、人々は直接神に祈る形だった。聖霊というのは比較的新しい概念なんだ。だがJはそれが「神を代弁する声(=聖霊)」だと知っていた。それ以前、人々はそれを「神の声」として混乱していた。つまり神が直接人々に語りかけると考えられていたわけだが、神は世界に語りかけてそれを実在させたりしないからね (僕らに語りかけるのは、神の代理である聖霊がすることだ)。

2000年前はJだけがその事を知ってて、他の人は誰も知らなかっただろうというのは興味深いね。

 

*****

今回はここまでで。

他のQ&Aでも、ヘレンがなぜ誰よりもコースを理解していたのに、実践できないと宣言していたのか?などなど、先日のジュディの話を補強してくれるような話もあって面白かったです。(が、長くなるのでいつかジュディ本人からその話題が出た時に譲ろうと思います)

ちなみに上でシンディが暗唱していたコース版の「主の祈り」と、キリスト教で広く用いられている「主の祈り(天にまします我らの父よ...)」は本当に全然内容が違うので、読み比べてみるとコースの焦点がどこにあるのか一層分かりやすくなります。

ちなみにキリスト教会で欠かさず礼拝しているクリスチャンの皆さんはこの「主の祈り」を諳んじているわけですが、シンディがそれと同じ勢いでコース版の「主の祈り」を暗唱していたのはさすが。こんな長いの、覚えられないよー。(^^;)