ACIMタッチアンドゴー

奇跡のコースに復帰してのあれこれ

ゲイリー達のオンライン講座 (44)

7/20。
こちらは日本時間で6/30に配信された The Two Pictures, from ACIM Chapter 17, Section IV のPart2です。実際に視聴したのは7月半ばという感じで、ゆる〜くやってます。シンディは6月のPart 1 (講座43)の話にあった通り、まだ少し目まいなどの後遺症が残ってるとのことなので、今回は大事をとって前半1hrのみの参加となりました。いつもどおり笑顔で元気そうではあったけど、無理せずゆっく療養して欲しいです。

講座の本編

ゲイリー、シンディともにいくつか興味深い話題がでましたが、過去の話題と重なるので今回はスキップします!

ところで、シンディが退出する直前に2人のあいだでCrowdcastの操作方法について軽い引き継ぎのやりとりがありました。あまりPC詳しくなさげなゲイリーに対して、シンディが「こうするとこうなるでしょ...♡」と、笑顔で優しく教えていたのが印象的でした。それも、2人で一緒に2年以上使い続けてるサービスの話ですよ?

やばい、シンディが天使に見える〜。私は家族が毎回のように同じ質問してくると「何度も教えたでしょ!」とスパルタ対応しちゃうので反省です...。orz

 

Q&A

というわけで、今回はゲイリー1人でのQ&A回答でした。ただ、ゲイリーだけでやるときはいつもQ&Aの操作方法がテキトーになってカウント不能になりますw。今回は実質的に9つくらいでした。その中から2つピックアップしてみます:

 

Q1. 洗礼者ヨハネとJの関係はどのようなものだったのですか?

(1:17) ゲイリー:まず、彼らは従兄弟同士だったので繋がりはあった。彼らは子供の頃に会っていた。そして互いの心の中で、いつの日か再会すると知っていただろう。

(1:18) 洗礼者ヨハネは実際にJを洗礼した。だけどJがヨハネの洗礼を受けに行った時、ヨハネは「私こそ、あなたから洗礼を受けるべきです」と言った。ヨハネはJのことを救世主と呼んだりはしなかったが、Jが悟りの存在であることを知ってたんだ。彼らは若い頃すでに、かなり深い事柄について語り合っていたからね。

だからこそ、Jのなかでは従兄弟のヨハネに洗礼してもらうという事が象徴的な意味を持っていた。彼らはその洗礼をJの目覚めの象徴として行なったんだ。

(1:19) 聖書の話の一部は本当だ。洗礼者ヨハネヘロデ王に処刑された。ヘロデは馬鹿だったからね...って、裁いちゃいけないな(笑)。とにかくJとヨハネは長い付き合いはなかったにせよ、繋がりはあったということだ。彼らは親族として近しい魂を持っていた。たぶん洗礼者ヨハネは、悟りに達するのにあと1回しかこの世界に戻ってこなかったんじゃないかと思う。彼はすでに多くを知っていたからね。(以下略)

 

Q2. Jは、喜びを体験していないのなら聖霊ではなく自我と共にいる、と言っています。そんな私は、不安を感じていない事はあっても、喜びを体験しているとも言えません。(中略) 私は概ね一貫してまあまあ良い状態にありますが、常に喜びに満ちている訳でもなく、赦すべきことは山ほどあります。どう思いますか?

(1:23) ゲイリー:まず第一に言わせてもらうなら、そのことで落ち込まないことだ。君が言っているような状態は、学習者にはとてもよくある普通のことだから。僕も含めてね。少なくとも君が苦しんでいない状態だということが大事。それは正しい方向への大きな一歩だ。これはすべてプロセス(道のり)だから。突然喜びに目覚めて、それが毎日のように永遠に続く、という話ではない。(中略)

(1:25) 他者を赦しの目で見ることによって、君にも徐々に喜びが訪れるだろう。それは自我を訂正することによる自然な展開だ。いつかはそこに到達する。ちなみに僕だって四六時中ハッピーな訳ではない。けど、いろいろ起こることを好ましく思っているよ。その喜ばしさは、外的な出来事によって左右されるものではない。(中略)

(1:26) コースは愛への帰還を呼びかけている。その愛とはちっぽけな人間の愛ではなく、途方も無い大きさの神の愛のことだ。キリストの心眼(Vision)はあらゆるものを同じと見る。肉体を見過ごし、あらゆるところに無罪性をみる。もし君がそれをやるなら、歴史上でそれほど多くの人が成し遂げたことのないことをやることになる。君は結構すごい事をやっているんだよ。

 

*****

。。。とまあ、こんな感じで。ちょっと個人的な感想なんかも:

 

まさか従兄弟だったとは

またもや2000年前ネタで恐縮ですが、あの洗礼者ヨハネとJが従兄弟同士だったというのはビックリでした。でもWikipedia洗礼者ヨハネを見ても「ルカによる福音書1章36節では、ヨハネの母エリサベトとイエスの母マリアは親戚だったという」と書いてありますから、それほどトンデモ情報という訳ではなさそうです。

そして洗礼者ヨハネヘロデ王によって処刑されたのも事実だったそうですから、洗礼者ヨハネに関しての記録はまあまあ正確なのかも知れません。でもそう言われてみると「ヘロデ王に対し舞の褒美にヨハネの首を所望したサロメ」の有名な話は本当だったのかな〜?などと思ったり。。。(かなりビジュアル的にも残酷な話なので、作り話であることを祈ります。。。!)

 

赦しの機会が欲しければ

あとそういえば、ゲイリーがこんなこと言っててちょっと親近感↓

(0:59) 誰かが君に意地悪するとき、それは彼らが自分自身についてどう感じているかを表しており、それを君に投影しているんだ。そのことを個人的に受け取らないこと。僕は赦しの機会が欲しければAmazonに言って自分の本のレビューを見るさ。(笑)

ちなみに、ほとんどのゲイリー本読者は星5つの高評価レビューを残してます。でも中には悪意あるDisレビューもあるらしく、ゲイリーはその都度、聖霊に切り替えて真実を思い出すようにしているのだとか。

それを他人事のように聞いてる私は「そんな一部の無責任なDisレビューなんか無視すればいいのに」と正論がよぎりますが、そんなに簡単に無視できるもんなら誹謗中傷で自殺する人なんかいないはず。。。

じっさい、たった1人の陰口であっても「ハイそうですか」と見過ごすのはなかなか難しいもんです(大勢だったら心折れるかも)。でも本当に心が癒やされていたら、自分がDisられているかどうかなんて全く気にならないんでしょうね〜。
(。-`ω´-)キリッ