ACIMタッチアンドゴー

奇跡のコースに復帰したのが奇跡

Workbook レッスン341

レッスン341

私が攻撃できるのは自分自身の無罪性だけであり私を安全に守ってくれるのも、私の無罪性だけである。

Lesson 341. I can attack but my own sinlessness, And it is only that which keeps me safe.

 

10/25。テーマ13に入って、レッスンの文章がちょっと長くなってきた気がするのは気のせいでしょうか。。。

 

奇跡講座 下巻 ワークブックp522

『私たちは、あなたの愛のすべてを授けられ、完全な兄弟愛と父性の中で、完璧な無罪性に包まれて、あなたとひとつの生命(いのち)を生きています。』

 

『だから私たちの無罪性を攻撃することはやめよう。それは私たちに対する神の言葉を内包しているからである。その優しい反映の中で、私たちは救われる。』

 

【やること】
・「13. 奇跡とは何か」を読む。
・朝晩に瞑想する(目標15分以上)。
・日中は1時間毎の思い出し。

 

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長年放置されてたバイク
今朝みた夢の話です。

夢の中に出てきたエースのお兄さんが、とある遺跡に行きたがってて、そこの石仏群の貴重さについて熱く語ってました(本物は無口なのにねぇ)。ふーん、じゃー私も行ってみるかと思って、バイクのエンジンをかける事になったような気がします。


私のバイクはどういうわけか自分の家にはなくて、かな~り長年の間、それほど親しいわけでもない近所のお宅の敷地内に置いてありました。なので朝、そのお宅の芝生の庭に勝手に入って、なんの躊躇もなく自分のバイクの暖気運転を開始。バイクはだいぶ放置されてボロくなってて外装のステッカーが剥がれかけてたりしたけど、エンジンは簡単にかかりました。


バイクはしばらく見ない間に誰かが改造を試みた跡があり、「あーあ、こんなになっちゃって...」とか思いながらマシンを見てるうちに、すごい時間が経ってて気がついたら昼前!「やべっ、勝手に人んちの庭に入ってエンジンかけっぱなし。家の人に怒られる!早く出発しなきゃ!」と焦ったけど、「あ、でもヘルメット忘れたから乗れない...」(平気でよその敷地に無断侵入しておきながら、道交法にだけは妙に律儀な夢だったw)


で、どうしたかというと、エンジンかかったままのバイクを両腕で抱きかかえて(なぜか持てる重さだったし火傷もしなかったし)、歩いてその家を出たのでした。※そのあと、その家のおばさんに見つかって脈絡のないやりとりがあったけど省きます。


。。。。起きてから一番印象に残ってたのが、このバイクに関する部分でした。というか、バイクに乗らなくなって久しいので、夢にバイクが登場したこと自体が驚きでした。で、だんだんいろんな事を思い出したのです。


①そのバイクは、私が学生時代に乗ってた初の愛車だったこと。(剥がれたステッカーの模様で分かった)
②当時は絵を描くこととバイクで走り回ることがこの上ない幸せで、両者は同じ位置づけだったこと。
③バイクへの情熱が突然失せたのは、絵を描けなくなったのと同じ時期(離婚直後)だったこと。
④だけど夢の中のバイクは私が忘れていた長年の間、ずっとそのご近所さんの庭に置いてあって、本当はいつでも乗りにいけたこと。


特に、当時の私にとって、このバイクは自由と幸せの象徴だったことを思い出しました。しかも、その幸せが尽きるとは全く思ってませんでした(このへんは絵を描くことと同様)。なのに、離婚を境に突然、絵が描けなくなり、バイクに乗りたい気持ちも消えてしまったんだった。。。この2つはセットだったのかな?


そのバイク(=幸福の象徴?)が、長年よそんちに置いてあったということは、実は心の中から本当に幸せが消えてしまったわけではなくて、ただアクセスしづらい場所に隔離されてただけだった、ということかも知れません。しかも、十数年放置されてボロくなってたにも関わらず、簡単にエンジンがかかったのも驚きです。
→なのにヘルメット忘れて乗れなかった、というマヌケっぷりが自分らしいけどw


思い出すとなぜか涙がでそうになるので、たぶんこの見立てでそんなに外れてはいないような気がします。いい夢を見られてよかったと思うことにしよう。