ACIMタッチアンドゴー

奇跡のコースに復帰したのが奇跡

会いたくないと思ったこと(4)

こんなどうでもいい話が4回も続くとは思わなかったけど、最初、憤りの混じった動揺をもって反応しそうになった友達の件です。

その後だんだん気持ちが落ち着いてきて、最終的には前向きな気持ちで普通に会うことができました。良かった。。。

 

初めて会う人だと思えばいい、という案はさすがに当日は意識出来なかったけど、少なくとも本人に会うまでの緊張感はほとんど和らぎました。会うのは10年ぶり?くらいだったかも知れませんが、特に歳月を意識することもなく喫茶店で他愛もない話を2時間くらいして過ごしました。

 

たまたま私の食欲不振が重なって、おなかが気分悪いとか食べられないとか、あまりくつろいだ気分では無かったですが、身体的な不快感をやり過ごしながらも平和にやりとりできたので、個人的には目標達成!と思うことにします。

 

それにしても、こうなってみると思い出せないのが「自分は一体何をそんなに恐れたり怒ったりしていたんだろう?」という事です。

先月の投稿を読み返してみると、確かに最初はかなり大きな動揺があって、それが長期間モヤモヤと続いた様子を悩みながら書いてました。だけど、いま読んでみるとそのときの感情を心の中に再現させる事が出来ません。あんなに動揺してたのに不思議です。

 

しかも動揺について具体的な要因が思い浮かぶ事はついぞなく、「なぜか」最初イヤな気分に取り憑かれて、それから半月後に「なぜか」スッキリしたような印象です。自分の心にどんな力学が働いてこうなったのかまったく謎です。

まあ、エゴを分析しても時間の無駄なので、とにかくそういう事があったと覚えておくことにしよう。。。

 

もちろんこれで私の心がクリアになったわけじゃないし、またこの友達との間で将来べつの動揺が浮上する可能性は大いにあるわけですけど、少なくとも今回の動揺については赦せたと思っていいのかな。

 

 

Workbook レッスン120

レッスン120

復習IIIの⑩

 

今日で復習IIIは終わり。

少し良いことがありました。今朝あえて混雑時間帯の急行電車に乗って、パニック克服に挑戦。息苦しくならないよう上着を脱ぎ、いつでも取り出せる場所に水を持ち、聖霊の考えにフォーカスし続けて、さあ来い!。。。と思ったら意外と大丈夫でした。(まあ今日は遅延もなく殺人的混雑じゃなかっただけかも知れないけど)

 

あと食欲不振の件も、少しずつ回復してる感じがします。まだ食べるスピードは遅いけど、今日はお弁当残さず食べられたので良かったです。前回のようにガリガリに痩せ細る心配はなさそう。

小さな出来事だけど、嬉しいです。

 

【朝晩の練習】
起床後と就寝前に5分の瞑想。(復習IIIの手順を参照)

 

【毎時00分】
1. (109)私は神の内に休らう。
Lesson 109. I rest in God.

 

【毎時30分】

2. (110)私は神が創造したままの私である。

Lesson 110. I am as God created me.

 

 

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Workbook レッスン119

レッスン119

復習IIIの⑨

 

今日の復習の解説を読んで思ったこと。おなかの不快感とかも含めて、身体に症状が出るときって、ほぼ自動的に被害者のような気分になってるけど、それは自分が間違っていることの証拠なんですね。

 

奇跡講座 下巻 ワークブックp228

『自分が何らかの形で傷つくことがありえると考えるとき、私は間違っている。私は神の子であり、私の自己は神の中で安全に休らっている。』

 

いまは30分おきの復習やってるから、たまにこの事を思い出して、そうだこれは何かの間違いだ、と思う事を繰り返す機会があります。でも冷静に考えたら、1日で考えてるゴチャゴチャした思考の95%は被害妄想的な内容で、聖霊の考えに同調してるのは5%足らずなんじゃないかと。。。

 

こういう思考の配分って、今まであまり気にしてなかったけど、やっぱり圧倒的に自我が優勢なんだなあ、と思いました。(当たり前か)

 

【朝晩の練習】
起床後と就寝前に5分の瞑想。(復習IIIの手順を参照)

【毎時00分】
1. (107)真理は、私の心の中のすべての誤りを訂正する。
Lesson 107. Truth will correct all errors in my mind.

 

【毎時30分】

2. (108)与えることと受け取ることは、真理においてはひとつである。

Lesson 108. To give and to receive are one in truth.

 

 

 

 

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食欲不振、再び…

だいぶ日常生活が戻ってくるまでに回復し、週末も連続で友達と会う約束を入れたりしてた矢先に、また食べられなくなってしまいました。。。

発端は些細なことだったのですが、ある晩リンパ節が小さく膨らんでいるのを発見し「も、もしや転移!?」と思ったとき、また死の恐怖に襲われてろくでもない考えで頭がいっぱいになってしまったのでした。それがきっかけで再び完全に食欲を失ってしまったのです。

とはいえ、ここ1カ月ほどで蓄えた体力があるので、なんとか友達に会ったり用事を済ませたりと活動することは出来たのですが、とにかく好物ですら食べられなくなってしまい、ほとんど食事を摂れないまま次の日に体重を測ったらドカーンと減少してました。まずい、あの時と同じパターンだ。これはまずい。

内在していた恐怖が表層意識に浮上してきた時に、連動して食欲不振になってしまうのは、どうも私の体質みたいです。今回のケースも、意識上の恐怖感が消えたあとでも、おなかの不快感はずっと残り続けています。まるで、胃腸で恐怖を感じ続けているんだろうか?と思うような感じです。

意識の上で恐怖を感じるにしろ、食欲不振として身体で感じるにしろ、それは聖霊の想念ではないという点では同じである気がします。なので、自分にそれを手放す準備が出来ていない間は、なるべく抵抗しないで感じるままにし(イヤだけど)、聖霊と一緒に見つめるイメージを心がけてみよう。。。

とはいえ、現時点ではまだ体力が残ってるからいいけど。。。
いつまで食欲不振が続くか見当がつかないし、どこまで体重が落ちるか想像つきません。再び高カロリー食を意識するなど早めに対策して気を付けたいと思います。

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Workbook レッスン118

レッスン118

復習IIIの⑧

 

また食欲不振。。。一時の恐怖感は過ぎ去ったものの、なんだか、表層意識では耐えられない恐怖を、胃腸の不快感に変換しているだけな気がしてなりません。だとすると確かに、どんな病気も、「意識するのが辛すぎる何か」を肉体の苦痛に転嫁したものだという説に納得できる気がします。

 

だとすると、この身体的な不快感も自分が選択したものだと認める必要がありそうです。「私は別に食欲不振なんて望んでないよ!」と意識の上では思うんだけど、実際に恐怖を感じたし、それに耐えられないから病的な症状を作り出したとしたら、確かに自分の選択で食欲不振を現実にしているのかも。

 

こんな私に別の選択もできるのでしょうか。選び直すことはできるのでしょうか。。。

 

 

【朝晩の練習】
起床後と就寝前に5分の瞑想。(復習IIIの手順を参照)

 

【毎時00分】
1. (105)神の平安と喜びは私のものである。
Lesson 105. God’s peace and joy are mine.

 

【毎時30分】

2. (106)私が静まって、真理に耳を傾けられますように。

Lesson 106. Let me be still and listen to the truth.

 

 

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Workbook レッスン117

レッスン117

復習IIIの⑦

 

この1週間、満員電車に乗って早く出勤する練習をした結果です。さすがに金曜日はちょっと疲れるものの、今まで1時間遅らせていた出社時間を30分早めても大丈夫そうだと判断。

一時期に比べたらだいぶ回復したと思います。普通に生活できてる感が出てきました。でもやっぱり、以前のような体力はないから無理はきかないけど。(1日でも頑張り過ぎるとリカバリーに何日もかかる感じ)

 

結局、体調とかも心の状態の反映ということなのでしょうが、あまり楽天的な性格ではないので、いちど自分が病んでいると判定すると、その憂鬱な想念を引きずりやすい→回復も遅い…のかな。orz

病気を現実にするような思考回路に気づいたら、なるべく深刻な考えから自分を切り離して、一歩ひいたところから聖霊と眺めるイメージを持ちたいです。

 

 

【朝晩の練習】
起床後と就寝前に5分の瞑想。(復習IIIの手順を参照)

【毎時00分】
1. (103)神は愛なのだから、幸福でもある。
Lesson 103. God, being Love, is also happiness.

 

【毎時30分】

2. (104)私は真に私に属するものだけを求める。

Lesson 104. I seek but what belongs to me in truth.

 

 

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Workbook レッスン116

レッスン116

復習IIIの⑥

 

朝、家を出る時間を早めて、満員電車に乗る練習を続けてます。最近はかなり混雑する時間帯に挑戦してるのですが…。

実は何年か前から、満員電車で身動き取れなくなると、突然ひどい恐怖に襲われ、息苦しくなり、心臓がバクバクして気が狂いそうになる事がたびたびありました。なぜか分からないけど、一定以上の車内混雑が死の恐怖の引き金になるみたいです。

 

実家(激混み路線)から通勤するとしたら再びこの問題と向き合わないといけません。で、今朝の通勤混雑で案の定パニックに。水を飲まないと死ぬ、逃げ出さないと死ぬ、みたいな強迫観念に襲われたけどギュウギュウの車内に逃げ場なんてありません。

 

でも今年はさんざん恐怖感と向き合う機会があったので、少し心構えができたかも?今回なるべく抵抗せず、自分の中に恐怖が湧き上がってくる様子を観察しながら、この誤りが訂正されますようにと祈ってみました(電車パニックでは初)。徐々に恐怖感が消えて正常に戻ったけど、聖霊のお陰かどうかは不明。。。

 

30代まではギュウギュウ詰めでも全然平気だったので、私の何が変わってしまったのか謎です。いつかこの問題の原因が癒される事はあるのかな。

 

【朝晩の練習】
起床後と就寝前に5分の瞑想。(復習IIIの手順を参照)

 

【毎時00分】
1. (101)神の意志が私に望むのは完璧な幸せである。
Lesson 101. God’s Will for me is perfect happiness.

 

【毎時30分】

2. (102)私に幸せを望む神の意志を、私も共有している。

Lesson 102. I share God’s Will for happiness for me.

 

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