ACIMタッチアンドゴー

奇跡のコースに復帰したのが奇跡

キモい怖い克服の試み

先日、プチ事件がありました。発端は、最近お疲れモードだったトベが、初回お試し60分¥1500!という気前のいい激安チラシに惹かれて、近所のカイロ治療院に初めて行ってみた事でした。(チラシには女性が施術してる写真が載ってたから若い女の先生か〜と思って油断してた)

出てきたのは70歳の爺さま先生で面食らったけど、いちおう60分丁寧に施術してくれました。劇的な効き目は無かったけど、リフレッシュになったし、近所だから時々お世話になろうかな?と思いつつ、すっかりその事を忘れていた三日後のこと。

 

仕事をしていたら、トベのスマホに見知らぬ番号からSMSが届きました。見ると、唐突に「便秘にはどーのこーの。。。」などと書いてあるのですが、名無しで誰だか分かりません。。。ちょ、名乗りもせずにこんなデリカシーゼロの内容送りつけてくるなんて誰⁉︎ こわっ‼︎

 

その時、あのカイロ先生の問診票に住所とスマホの電話番号を書いてしまったことを思い出しました。。。しまった〜!便秘の悩みも話しちゃったし、絶対あの先生だ!まさか問診票の連絡先をこんな個人的な目的に使うなんて!うちの住所も知られてるし、マジ怖いんですけど!どうしよう〜(((゚゚Д゚゚)))

 

70の爺さま相手にビビりすぎだと思うかも知れませんが、トベはかつて心に問題を抱えた男性に住所を知られて、引っ越しを余儀なくされたことが2回ほどあります。その時の恐怖が蘇ってきたのでした。。。またつきまとわれて引っ越しする羽目になるのはイヤ〜‼︎ 絶対イヤ〜‼︎

 

これってトベに隙があったからいけないの?でも治療院で問診票だって言われたら普通は連絡先書くよね?それがどうしてプライベートな連絡に使われるの?キモい怖いキモい怖い‼︎

 

「これは赦しのチャンス」とか思う心の余裕は全くナシ。もう恐怖から逃れたい一心で、聖霊にそばにいてくれるよう要請するのがやっとでした。。。

 

そのうち、聖霊の癒しが効いたのか落ち着いてきて、「そうだ、もしこれ以上ルール違反のアプローチがあったら、私には陸上自衛隊に超キン肉マンの彼氏がいる設定で話をすすめようそうしよう」というアホな案が閃き、プッと笑い出したくなるような気分にまで回復。

 

でも夜になって、なんとなくシンディ本を読み返してたら、その名案も意味がないように思えてきました。。。だって「強い彼氏がいれば相手を牽制できる」という考えは、①相手に邪心があるという根拠のない前提で成り立っている、②自分がまるで傷つき得る弱い存在だと宣言している、のと同じだから。

 

やめよう。この案たぶん効果アリだろうけど、ACIMの赦しの実践には程遠い。

そこでシンディ本が言うように、今回の動揺を聖霊の目を通じて見たらどう見えるか想像してみる事にしました。。。。

 

先生の心の中:

爺さま悪意は全くなくて、40代の女性患者は珍しいからもう一度来院して欲しいと思って、ただ親切心(サービスのつもり)で役立つ情報を提供しようと思っただけ。

名無しのSMSの件:

爺さまIT疎いので相手の電話帳に自分が載ってない場合は名無しになることを想像出来なかっただけ。

問診票の使い方の件:

爺さまプロ歴は浅いので問診票の連絡先を個人的な目的に使うのがルール違反だとは知らなかっただけ。(これは社会的にマズイと思うけど、聖霊には問題とは映らない)

 

。。。ですよね〜。たぶん真相はこんなとこですよね。トベは過去の恐怖を通じてこの出来事を見ていたから、必要以上に防衛的になっていたという事か。。。

 

今までのレッスンでトベが思い出す必要あるのはこれですね↓

8. 私の心は過去の考えにとらわれている。

26. 私の攻撃的な考えが、決して傷つくことのない私の強さを攻撃している。

31. 私は自分が見ている世界の被害者ではない。

34. 私はこれを見るかわりに平安を見ることもできる。

48. 恐れるべきものは何もない。

 

ACIMのお陰で、今回のキモい怖いはなんとか180°見方をひっくり返す事ができました。そう、最初は警察に相談しようかと思うほど震え上がっていたトベが、先生に悪気がないことを確信できるまでに気持ちが変化したなんて嘘みたいです。

 

なんだか来月あたり、また疲れたらリピート予約してもいいかな?と思えるくらい穏やかな気持ちになってきた〜。危うく近所の先生を恐怖の対象にしてしまうとこだったけど、今の気持ちをキープできれば祝福の関係を築くこともできるかもしれません⁉︎

 

よかったよかった。聖霊ありがとう。

名無しSMSの件は放置プレイだけどね。

 

 

Workbook レッスン56

レッスン56
復習Iの⑥

 

今日の復習のテーマは、自分の狂った投影の背後にある愛と真理を見ること。。。トベのまとめ:

 

1. 私の攻撃的な考えが、決して傷つくことのない私の強さを攻撃している。

Lesson 26. My attack thoughts are attacking my invulnerability.

・私は常に攻撃にさらされていると見ている(攻撃=苦痛、病気、損失、老齢、死など)。

・私の全ての希望や願望は制御不能な世界に翻弄されるかに見える。

・しかし私は完全な安全と充足感を神から継承しており、神はそれを保持してくれている。

・私の真の想念が、それは何であるを教えてくれる。

 

2. 何にもまして、私は真に見たい。

Lesson 27. Above all else I want to see.

・私の見ているものが私の考えを反映していると認識したので、私は心眼(vision)こそが最も必要なものであると分かった。

・私が誰かを思い出すには、恐ろしい自分像(image)を手放すことが必須である。

・それが真理と置き換わったとき心眼(vision)は必ず与えられ、私はそれを通して慈しみと愛で世界を眺めるだろう。

 

3. 何にもまして、私はものごとをこれまでとは違った見方で見たい。

Lesson 28. Above all else I want to see differently.

・私が見ている世界は、恐ろしい自分像(image)が確実に存続できるようにする。

・このように見る限り、真理を自覚できない。

・この世界の背後にある扉を開き、神の愛を映し出す別の世界を見る。

 

4. 私が見ているあらゆるものの中に神がいる。

Lesson 29. God is in everything I see.

・私が作り出したあらゆる形象の背後に真理がとどまっている。愛を覆うベールの背後に愛の光は今も輝いている。

・私のすべての狂った願望の向こうに、父の意志とひとつになった私の意志がある。

・やがて私たちは外観を超えたところを見て、すべてを超越した真理を見る。

 

5. 私が見ているあらゆるものの中に神がいる理由は、神が私の心の中にいるからである。

Lesson 30. God is in everything I see because God is in my mind. 

私の心の中の狂った考え(分離と攻撃)の背後には、すべてが永遠にひとつであるという智識が存在する。

・私は忘れているが、智識を失ったわけではない。それは神の心の中に保たれている。

・神の想念の一部でる私は、その想念の他の部分とひとつであり、神ともひとつである。

 

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Workbook レッスン55

レッスン55

復習Iの⑤

 

今日は「私の攻撃的な考えがそれに応じた世界を見せている」という復習。。。ようやく理屈では納得できるようになったけど、やっぱり意識してないと忘れがちなトベです。復習がんばろ。

 

1. 私はぜひとも別な見方でものごとを見たい。

Lesson 21. I am determined to see things differently.

・私は病気や災害や死ばかりを見ている。

・神がこれらを創造するわけがない。

・これらを見るのは神を理解していない証拠である。

・幻想ではなく、私の中の真理の証しを見ると決意する。

 

2. 私が見ているのは、復讐の一形態である。

Lesson 22. What I see is a form of vengeance.

・私は誰もがみな攻撃する世界を見ている。

・それは全く神の愛を反映したものではない。

・私の攻撃的な考えがこれを生じさせている。

・私の愛ある考えが世界のこのような知覚から私を救い、平安を与えてくれる。

 

3. 攻撃的な考えを放棄することで、私は自分の見ている世界から脱出できる。

Lesson 23. I can escape from this world by giving up attack thoughts.

・攻撃的な考えがなければ攻撃的な世界を見ることはないはずだ。

・愛が私の自覚に戻ってきたとき、平安と安全と喜びの世界を見るようになる。

・私は今見ているもののかわりにそれを見ようと選択する。

 

4. 私は自分の最善の利益を知覚していない。

Lesson 24. I do not perceive my own best interests.

・自分が誰であるか知らないので、自分の最善の利益が認識できない。

・私が自分の最善の利益だと思ったものは私を幻想に繫ぎとめる。

・私はひとりでは最善の利益を認識できない。

・それを見つけるため喜んで神の導き手に従いたい。

 

5. 私は、何が何のためにあるのかを知らない。

Lesson 25. I do not know what anything is for.

・私が見るあらゆるものの目的は、自分の幻想が実在だと証明するため。

・私はその目的のために世界を使っている。

・私が世界に与えた目的が、世界の恐ろしい映像をもたらした。

・自分が世界に与えた目的を撤回し、世界の真理について学ぶ。

 

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シンディ本読んでみました(2)

シンディ本 "A Course in Health and Well-Being" の話の続きです。トベ的にちょっと印象的だった箇所のひとつが「気分」に注目するというものでした。(以下の抜粋はトベの下手な意訳でごめんなさい)

 

Kindle版 No.859より(順不同):

『どんな瞬間にでも、あなたの"気分"を見つめることで、自分が今どちらの教師を選んでいるのか(聖霊かエゴか)を知ることができます。』

『もしイヤな気分になるなら、それはエゴです。もし平和な気持ちになるなら、それは聖霊です。この見極めにフィーリングが役立つのです。』


私は、今こうしている間にもエゴか聖霊かを常に選び続けている、しかもそれは、今この瞬間の気分で簡単に分かる!という事にはっとさせられました。

もともとゲイリー本「神の使者」などの三部作は、かなりの説得力をもって ”赦し” の重要性にフォーカスしています。それはすごく大事な教えだし、避けて通れない道なのは明らかです。だけど同時に、私だいぶ勘違いしてたっぽい。。。

トベはこんな感じでした:
「そうか赦しのチャンスが来るのを待ってればいいんだな!よっしゃ待つぞー。。。何か起こらないかな。。。起こらないなー退屈だなー。。。zzz。。。。(そのまま忘れてコースアウトし、いざ有事の際に赦すどころかブチキレ)」

違うのね、そうじゃないのね!赦しの機会というのは、退屈で忘れちゃうようなインターバルで訪れるものではなく、日々絶え間なく、常に、連続的に、いまこうしてる間にも「気分」という形で訪れているから気は抜けないのよ!ということなのね (>_<)

。。。という観点で、例えば仕事中のトベの「気分」を振り返ってみると。。。おおう、ほとんど一日中、眉間にシワを寄せてしかめっ面をしている。なんというか、機嫌の良い状態のほうがレアだという事に気付いてしまった。。。orz

どうしたらいいのシンディ先生!

No.859より続き(順不同):

『あらゆる知覚が単なる解釈にすぎない(事実とは関係ない)、ということを思い出せば、ポジティブな気持ちやネガティブな気持ちになるのは、私たちの解釈がそうさせているに過ぎないと分かります。』

『何か感情が湧き上がってきた事に気付いたら、その感情を否定することなく、聖霊とともに見つめます。私たちが心の平和を乱すのは、自分や他者を解釈の目で見るからです。しかし、あなたが聖霊を通じて解釈するならば、聖霊は真の解釈---つまりあらゆるところに罪がないこと---を見せてくれるでしょう。』

ということは、べつに何も起こってないように見える"平時"でも、今の気分が平安でないと判定できたら(眉間にシワが寄ってたとか)、もうその時点で聖霊の解釈を思い出すべき理由があるということですね。

気がついたらなんとなく微笑んでるとか、優しい気持ちになっているとか、そういう小さなことを日々、短いスパンで意識し続けることが大事なのではないかと考えさせられました。やってみると結構難しいことだと思うけど。。。少なくとも、誰かに足を踏まれるまで赦しの実践を待つ必要はないのね。

ワークブックのレッスンが、時々かなり短いインターバルで頻繁に概念を思い出すように求めていることと重なるような気がしました。

 

Workbook レッスン54

レッスン54

復習Iの④

 

今日の復習は「ものの見方(考え)とそれがもたらす結果」についてですが、今日の解説文で再びハッとさせられたことがありました。ワークブックも、やって終わりではなく、読み物として何度も味わう必要がありますね。

今日も箇条書きまとめ:

 

1. 私に中庸(ニュートラル)な考えはない。

Lesson 16. I have no neutral thoughts.

・すべての考えには力があり、必ず結果をもたらす。

・私の考えは真実/偽りのどちらか一方のみ。

・それは偽りの世界作り出すか、真実の世界へ導くかのどちらかである。

・私に見えているものが、どちらの考えから生じたものかを示している。

・思考の誤りを訂正してもらうとき、実相世界(real world)が現れる。

 

2. 私は中庸(ニュートラル)なものを見ていない。

Lesson 17. I see no neutral things.

・生命とは想念である。(思考=存在)

・私に見えているものは私が何を考えているかの証し。

・自分の心の状態が変わることは可能である。

・従って、私に見える世界が変わることも可能である。

  

3. 私の見方がもたらす結果を体験するのは、私ひとりではない。

Lesson 18. I am not alone in experiencing the effects of my seeing.

・私的な考えはない=私的な世界はあり得ない。

・分離の狂気でさえ、私に見える世界の土台を形成するために共有される必要があった。

・しかしその共有は無の共有に過ぎない。

・私は真の想念を招き入れて共有することもできる。

・私の真の想念が見せてくれる世界は、彼らの目にも見えるようになる。

 

4. 私の考えがもたらす結果を体験するのは、私ひとりではない。

Lesson 19. I am not alone in experiencing the effects of my thoughts.

・私はなにごとにおいてもひとりではない。

・神の子の考えや行動が無駄になることはあり得ない。

・私には自分の心とともにすべての心を変える力がある。

・それは私の力が神の力だからである。

 

5. 私はぜひとも真の見方で見たい。

Lesson 20. I am determined to see.

・自分の考えは共有されていると認識し、真の見方で見ることを決意する。

・(真の見方によって)世界の思考が変化したことの証人となりたい。

・愛が恐れに代わる、笑いが涙に代わる、豊かさが損失に代わることを可能にした証しが見たい。

実相世界(real world)を見ることを通じ、私の意思と神の意思がひとつである事を教わりたい。

  

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Workbook レッスン53

レッスン53

復習Iの③

 

この復習Iに入ってから、主題概念について答え合わせしてる気分のトベです。今日の復習は「意味のない考え=意味のない世界イメージ」についてです。自分まとめ:

 

1. 私の意味のない考えが、私に意味のない世界を見せている。

Lesson 11. My meaningless thoughts are showing me a meaningless world. 

・私の考えには意味がない。

・意味がない考えが描く世界にも意味がない。

・この世界を生み出しているのは狂気である。

・私には狂気の他に真の想念もある。

・真の想念に導かれるなら、実相(real world)を見ることができる。

 

2. 私が動揺しているのは、私が無意味な世界を見ているからである。

Lesson 12. I am upset because I see a meaningless world.

・狂った考えは私に動揺をもたらす。

・狂った考えは無秩序な世界を生み出す。

・こうした世界の中では平安に生きることができない。

・この世界が実在しないことに感謝する。

・私は狂った世界に価値を置くという選択をしない。

 

3. 無意味な世界は恐れを生み出す。

Lesson 13. A meaningless world engenders fear.

・狂った世界は頼りにならず恐れを生み出す。

・しかしそのような世界は実在しない。

・私はその幻想が実在すると信じて苦しんだ。

・私はこの信念を撤回し、実相(reality)を信頼する。

・私はこの選択により恐れの世界の結果すべてを免れる。

 

4. 神は無意味な世界を創造しなかった。

Lesson 14. God did not create a meaningless world.

・実在する一切は神の心の中にある。

・それは私の心の中にもある。

・被造物の完璧さ(※)が私の故郷である。※perfection of creation

・私は狂った考えの結果に苦しむ必要はない。

・自分の本当の住処はこの世界ではない。

 

5. 私の考えは、私が作り出した形象である。

Lesson 15. My thoughts are images I have made.

・自分が何者であるかを告げるのは私の考えである。

・苦しみ/損失/死を見ているという事実が、私の狂った考えを示唆している。

・このことが私の真の想念の光を妨げている。

・私の作り出したイメージが神よりも優位に立つことはない。

・私は神の前に他の神々を置くことはしない。

 

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シンディ本読んでみました

ゲイリー本3冊目「愛は誰も忘れない」に彼の再婚の経緯が綴られていましたが、読んだ人はシンディが誰なのかをご存じと思います。そのシンディが先日(7月ごろ)、"A Course in Health and Well-Being"という処女作を出版しました。(タイトル直訳は「健康と幸せのコース」みたいな意味です。邦訳は出るのかな~、出て欲しいな~)

 

ちょうど、ACIMの健康問題への適用に関心があったのと、邦訳を待ってたら何年もかかりそうだったので、AmazonKindle版をポチって英語版を読むことにしました。けっこう短い本なのと、平易な文章で書かれているので分かりやすいかも。

 

さすがシンディもゲイリーと同じレベルのACIM原理主義者だけあって内容には一切妥協ナシです。そのせいか奇跡講座のテキストやゲイリー本で目にする内容と重なる部分が結構あります。あ、これどっかで読んだことある!みたいな。

 

けど、今回のシンディ本の有難いところは、ACIM関連の著作物やゲイリー本3部作といった膨大なテキストのなかから、身体や精神面の「健康」に関する側面に光を当てて、痛みへの対処や、病気に対する心構えなど、実際の苦しみに実践的に適用することを前提に、分かりやすく解説していることだと思います。

トベもそんなに多くの関連書籍を読んだわけじゃないですけど、健康面にフォーカスしたACIM本はこれが初めてなんじゃないでしょうか?

 

"A Course in Health and Well-Being"
Kindle版 No.547あたりを抜粋(トベのひどい訳ですんません):

 『あなたが健康問題に直面したときはいつでも、自分に優しく(トベ注:罪悪感を持ったりせず)、冷静でいてください。それはあなたにとって、最も価値ある学びになる可能性があるからです。
身体そのものは神聖なものではありません。それが聖霊の目的に使われ、あなたを通じて愛を延長することによってはじめて、身体は神聖な目的を遂行できるのです(※)。しかし身体がエゴの目的を遂行するならば、それは病気になります。病は単なる分離の結果ではありません。。。病そのものが分離なのです。』
※トベ注:身体が聖霊を選択した結果として身体が癒されることもあるが、そもそも身体的な病の治癒そのものが目的ではなく、心を変える事のほうが大事である、という趣旨です。


ほかにも、学習者にありがちなレベルの混同(身体も幻想だからと言って医療を拒否するなど)についての適切な判断方法とか、病による身体的苦痛に対して聖霊を選ぶとはどういう事なのかとか、一見病気が治らないように見えてもその体験を変えることはできる。。。などなど、肉体在住者としては非常に気になることがコンパクトにまとめられています。

 

不勉強なトベは「いざ具合が悪くなった時に、一番効き目がありそうなACIMの教えをスパッと思い出せない」ことが多いので、シンディ本を常備薬代わりにKindleに入れておくのは大変ありがたい時間の節約になると思った次第です。

でも英語だと読むの時間かかるので、もし日本語訳が出版されたら買おうっと。。。