ACIMタッチアンドゴー

奇跡のコースに復帰してのあれこれ

ゲイリー達のオンライン講座 (34)

2/3。

1月下旬はお出かけ続きで遅れちゃったけど、やっとゲイリー講座(34)を視聴したので抜粋メモ。Love Holds No Grievances, from ACIM Workbook Lesson 68 のPart 2で、日本時間1/24配信の分です。

講座の本編

1月のテーマ「L68 愛は不満を抱かない」の続き。シンディもすごく素敵なことを言ってたんですけど、厳選してゲイリーの一言だけに絞ってみます:

 

 [ゲイリー]

(0:29) もうすぐGroundhog Day (映画の邦題「恋はデジャヴ」)がやってくる。あの映画の冒頭をみれば、主人公が不満だらけのイヤな奴だって分かるだろう。だが彼は、同じ日を何度も生き直していくうちに学ぶんだ。そして彼は映画の終わりのほうでは全く別人になっていく。その過程で彼が不満を持つのをやめていくのが見てとれるはずだ。不満を持たない、ただそれだけの事で人は大きく変わるんだ。

(0:30) 僕自身だって、昔は不満以外なにも持っていなかった。むかし僕が鬱だった時なんか、あらゆる事柄が不満だったよ。(当時の僕は、自分で自分に何をしているのか分かってなかったんだ)。だが、特定の見方を変えるだけで、感じ方から何からあらゆる事が変化するのは驚くほどだ。これは「L23 攻撃的な考えを放棄することで、私は自分の見ている世界から脱出できる」の教えと密接に関わっている。

例えば他の人が嫌なことを言ってきたとき「そうか。攻撃の考えを放棄するということは、僕が他者に抱く攻撃の考えだけでなく、他者が僕に対して抱く攻撃の考えも放棄しないといけないんだな」と思った。そのためには、相手の行為をリアルにすることなく赦して手放そうという意欲が必要だ。

(0:31) 僕がこれらの教え(L68とL23)を、日常の出来事や過去の苦い想い出に対して1ヶ月ほど実践し続けた時のこと、あるとき自分が「以前とは違う記憶」を持っていることに気づいた。昔と同じイヤな記憶を思い出すのではなく、その人が親切にしてくれた時とか、何らかの愛がある良い時の事を思い出すようになったんだ。不満を手放す、たったそれだけのことが大きな違いをもたらす。最初は微妙な変化かもしれないが、君は徐々に平和な人になっていくだろう。平安であることは悟りの前提条件だからね。

 

Q&A

今回は12の質問のうち、シンプルながら役に立ちそうなQ&Aが3つほどありました。ちょっと多くなっちゃうけど、またもや独断チョイス:

 

Q2. 教室(レッスン)は繰り返し現れるのですか? 私は、ほとんど似たような状況が再現されるという体験をしましたが、結果は異なりました -- 最初はエゴを選択し、次には訂正を選択したのです。私はすべての人を等しく無罪と見る練習をしています。

シンディ:そうです、レッスンは私たちが学び終えるまで繰り返し現れます。不満や怒りなどの体験により赦しのレッスンを完了しなかったとき、似たような状況が繰り返し起こるように見えたりします。だけど私たちが本当にレッスンを学んだら、たとえ状況が全く同じでも、もうそのことについて影響を受けなくなります。出来事は変わらなくても、それに対する自分の反応が変わってくるんです。

心の中に罪悪感が残っていれば、エゴはそれを投影に使います。たとえ同じ状況が現れ続けたとしても、もし赦しが完了していれば、あなたは攻撃ではなく愛で応答することになります。相手や状況は変わらなくても、あなたはもう気にならなくなるのです。

ゲイリー:テキストの最後に「もう一度、選び直しなさい(T-31.VIII)」という箇所がある。選び直しは、ひとつの人生の範囲内で再現可能なものだ。君の言う通り、似たような事は起こり続ける。赦せたり赦せなかったりによって結果はそのつど違うかもしれない。また、君がそれを完璧に赦し終えたからといって、その状況が現れなくなるという事ではない。だが、君はもはや影響を受けなくなる。その事は気にならなくなり、君は平和でいるだろう。

同じことは過去生と今生の関係についても言える。過去の人生で赦し損なった事はこの人生に現れる。もちろん時代も文化も違うだろうけど、その内容は常に同じであり、答えは常に赦しだ。それに気づくまでに1000の人生を費やすこともできる。そして僕らも1000の人生を生きてきたんだ。だからこれが初めてじゃない。そしていちど完全に赦し終えたものは、二度と君を煩わせることはないだろう。君は穏やかな微笑みを浮かべ、エゴはもう君を騙すことはできなくなる。

 

Q3. もし私たちの心が肉体とは別であるなら -- 脳ではなく心で考えるというのなら -- どうして特定の食物を摂取することが心に影響を及ぼしたりするのですか。カフェイン、チョコレート、砂糖などを摂取すると、より攻撃や不安や怒りを引き起こしますよね。

ゲイリー:それは君が無意識で何を信じているかによるんだ。自分の無意識が特定のものを良いと信じていれば、それは良いものになるし、君を癒したりする。そしてもし君の無意識がそれを信じていなければ、君がどんなに頑張ろうとそれは効かない。その信念を変えられるのは赦しだけだ。(中略)

ある魔術が特定の人に効いたり効かなかったりするのはそのせいだ。君が罪悪感を癒していけば、それらはより効くようになるし、最終的にはJのように何も要らなくなる。僕は、かつてJが食事をしていた理由は、ただ単に社交的な人づきあいのためだったと思うよ。だってJ本人は水もワインも要らなかったはずだからね。笑

シンディ:(チャットであがってきた質問について)「じゃあどうしてA&Pは身体に良いものを勧めたりするの?」という質問がきましたが、A&Pは「私たちという集合的な無意識が、自分達は肉体であると信じている」と知った上で言ってくれてるのです。私たちは誰もが、身体に良いと思われるものへの信念を持っています。そうした集合的な信念を否定する必要はありません。

自分に本当に正直になった上で「私はまだこの世界を信じている」と素直に認めるのであれば、(身体に関する)こうした実用的な情報は役に立つものです。だから「無価値な形の否定(T-2.IV.3)」をすることなく、自分が信じる通りのことを行って普通の人生を送りましょう。

私たちは皆いつか、これらの信念を超越して栄養学の法則に従う必要さえなくなります。A&Pだってもちろんその事は知ってるけど、私たちがまだ分離を信じてる間は、身体に良いとされる事をすればいいのです。自然の中をお散歩をしたりマッサージを受けたりすれば、エゴだってリラックスします。やらない理由はありません。

 

Q10. 私は、完全な悟りに達するには、パーサが辿ったような非常に厳しい道を歩まなければならないことを心配しています。もちろん赦しが上達すればそれほど困難ではないことは分かりますが、いまの自分のレベルからすると恐ろしいのです。

ゲイリー:ひとつ言っておきたいことがある。これらの君が恐れているような事は、どのみち起こるんだ。パーサの人生に起こったことは、彼女が悟りの途上にいようが何だろうが起こることになってた。さて、僕がその出来事について「聖霊と共に赦しながら体験する」か「聖霊なしで体験する」か選べるとしたら、僕は聖霊と共に体験するほうを選ぶ。なぜなら、その方がマシな体験になるし、聖霊と共に行けば終わりがあるからだ。だが、エゴと共に行くなら永遠に終わることはない。

僕らはみんな死ぬ。そのことは避けられないけど、それが何だっていうんだ?少なくともそれを聖霊と共に体験し、自分の死をリアルにしない事は出来る。ケン・ワプニックが遺した最後の言葉は「私は死ぬことはありません。 (I'm not dying.)」だった。彼は死にゆくことが彼の真実とは全く関係ない、ということを完璧に知っていたんだ。Jが十字架で「傷つくことも殺されることもない」と知っていたように。

僕らはどんな状況だって赦しに使うことができる。それが悟りへの最短距離なんだ。だが、それをエゴと共に体験するなら、似たようなことを何度もやり直すことになるだろう。

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ちょっと長くなっちゃったので、このへんで!

ちなみに2月のオンライン講座は、またQ&A祭りをやるようです。どんな質問がでるかちょっと楽しみ〜。(^o^)/