ACIMタッチアンドゴー

奇跡のコースに復帰してのあれこれ

ゲイリー達のオンライン講座 (33)

01/16。

2020年最初のオンライン講座のテーマは、Love Holds No Grievances, from ACIM Workbook Lesson 68 です。日本時間では1/10配信でした。レッスン68「愛は不満を抱かない」は最初のゲイリー本の5章でA&Pが繰り返し実践するよう勧めていたものでもあります。

 

講座の本編

今回のテーマに関連して、Jの使徒の一人であるステファノ(ステパノ)についての言及が多くありました。彼はキリスト教における最初の殉教者とされ、その様子が新約聖書使徒言行録 7.54」に記されています。

それによると、ステファノの宣教活動がユダヤ人の反感を買って、石打ちの刑に処せられたとのこと。ステファノは群衆に石を投げつけられているさなかにひざまずき「主よ、この罪を彼らに負わせないでください」と叫んで絶命したとされています。

※余談ですが、当時まだ青年だったサウロ(後に聖パウロと呼ばれる)がこの処刑に賛成しており、石を投げる群衆の着物の番をしていた。。。という因縁もあったりして。

 

[ゲイリー]

(0:22) 2000年前、使徒の1人だったステファノ(Steven)は霊的にとても進歩した人物だった。彼は非常に賢くて、トマスやタダイと同じように多くのこと(Jの言葉の意味)を理解していた。だけど、彼は感情をコントロールするのが苦手で怒りっぽく、反応しやすかったんだ。僕が覚えているのは、ある日、Jがそんなステファノにこう言ったことだ:「ステファノ、あなたはそうやって自分を毒しているのだよ」と。

これは今にして思うと、仏教で「他者を糾弾するのは、自ら毒を飲んで他者が死ぬのを待つようなもの」というのに似てる。全ての攻撃の考えや不平不満といったものは、すべて自身に返ってくるからだ。Jが忍耐強く僕らに教えてくれるのは、僕らが他者を裁くとき、自分たちの内なる光を隠してしまう、ということだ。

(0:54) ステファノの話の続きだけど、そのとき彼がJに言っていたのは、自分ががどれほど両親からひどい扱いを受けたかという不満だった。父親にぶたれたりして、どれほど両親を嫌っているか、みたいな。するとJが言った:「だが、その両親だって何度かはあなたに良くしてくれた事があるだろう?」「まあ、そうかも...」「母親は食べさせてくれただろう?世話をしてくれただろう?」「はい」「父親も(必要なものを)与えてくれただろう?」「はい」「ごらん。誰かに悪い思いを持つ時、それはいつでも攻撃の考えなのだよ。そうする代わりに、彼らが愛や親切さを与えてくれた時のことを思い出すように努めてみなさい」

(0:55) もちろんこの世界には、人間的な愛(のように見えるもの)がある。だが、コースはそれは真実ではないと言っている。真実の愛は神の愛だけだ。だからこそ、僕らは世界について全く新しいレベルの考えを持たなければならない。アインシュタインが「問題を起こしたのと同じレベルで考えても解決できない」と言ってるようにね。コースはこのシステムの外側からやってきたもので、世界のレベルとは全く異なるものだ。

Jは「誰かについて考えるときは、彼らが愛や親切を表現していた時のことを思い出すように」と言ったけど、その理由は「誰かが愛のない事を自分にした」とか「自分に対する攻撃があった」ということが無意味だからだ。この世界で意味のあるものは愛だけだ。その愛というのは、本当はこの世界に属するものではないけど、僕らは聖霊と共に考えることによって、そのレベルにまで登って行くことはできる。だから、攻撃の想念から脱して、愛や親切さ美しさと入れ替えることは、今回のレッスンと深い関わりがあるんだ。

 

[シンディ]

(0:08) 不満の目的とは何でしょうか?神の愛を退けることです。私たちが他者を指差して裁くとき、他者が動揺の原因だと言うとき、「あなたは私とは違う、私とは別のものだ」と言っています。それが心の中の分離の想念を保つことになるのです。不満とは、もともと自分に対する考えだったものが、外に投影されたものです。自分でそれを感じるのは耐えがたいから、外に投影してそれを感じずに済むようにしたのです。こうしてそれは、私のせいではなく、他者のせいになりました。

(0:09) 私たちは、エゴの戦略を理解しない限りそれを手放すことはできません。私たちが不満を持つとき(攻撃を外に投影して裁いたり糾弾したりするとき)、「想念はその源を離れない」がゆえに、実際には自分自身に不満を持つことになります。ですから、そこで自問すべきは「私は自分で自分にしている事を分かっているだろうか?不満を持つことは自分にとってどれほど高くつくだろうか?」ということです。

(0:11) 不満を持つことによって自分は惨めになり苦しみます。なぜなら、私たちは「他者を見るように自分を見ることになる」からです。実際にはひとつの心しかないので、私たちが外に対してどんな攻撃をしようとも、必ず自動的に私たちに戻ってくるのです。別のレッスンでJは「攻撃的な考えを放棄することで、私は自分の見ている世界から脱出できる(L23)」と言ってます。ですから私たちは、それらの攻撃の想念が浮上してきたときに気づかなければなりません。

 

Q&A

全部で12の質問がありました。先にゲイリーがステファノの想い出に言及した関係で、さっそく次のような質問が出ましたが。。。

 

Q3:ケン・ワプニック(博士)がステファノだったということはあり得ますか?

ゲイリー:僕はケンの意思を尊重したいと思っている。ケンは自分の過去生について知っていたはずだが、それについて語ったことはない。僕はケンの過去生を2つほど知っていると思うけど、ケンはそういう事にフォーカスしようとはしなかった。彼が学者だという事もあるけど、彼の教えは何よりも「この人生」で赦すことを最も大事にしてたからだ。A&Pも「大事なのは今回の人生だ、あたりまえだろ(2冊目6章)」と言ってたようにね。

ケンが自分の過去生を話そうとしなかったからこそ、僕もケンの過去生について明かしたいとは思わない。ただひとつ言えるのは、ケンも2000年前にJと共にいたということ。そしてJとケンは友達だったということ。僕から言えるのはそれだけだ。

 

*****

。。。きわどい質問が出たおかげで、聞いてるこっちが平安を失いそうになりましたが(^^;)、まあ、そういうことです。

 

ちなみに今回、Jがステファノに言ったとされる「他者について悪い事を思い出すのではなく、愛や親切さを思い出すように」という話はもちろん聖書には載ってなくて、これも完全にゲイリーの思い出話です。まあ、この講座ではよくある検証不能エピソードなんですけど、個人的には、たぶんJだったら本当にそう言っただろうな。。。と感じました。

 

で、今日もたまたまパパリンが自分の怠慢を棚に上げてママリンに責任転嫁してたのにイラッとした私は、ピシャリと揚げ足とって黙らせたりしてたんですけど。。。その後でゲイリーの話を聞いて「あうー、またやってしまったー。せめて今からでも、パパリンが自分に良くしてくれた時のことを思い出してみよう」って、記憶を掘り返してみたら、出るわ出るわ。。。

かつてパパリンが私たち家族をあちこち旅行に連れていってくれたこと、私が無邪気におねだりした高価なおもちゃを惜しげもなく買ってくれたこと、苦手な算数の勉強を根気よく教えてくれたこと、なんだかんだで私がやりたいと言って無茶したことを全部応援してくれたこと、病気でヨレヨレだった私の通院に付き添ってくれたこと。。。

 

目下のところすげえムカつくパパリンですけど、私をここまで大切にしてくれた男の人は、世界じゅう探したってパパリン以外にひとりもいないという事にうっかり気づいてしまって、ちょっと涙がでてきました。うう。。。