ACIMタッチアンドゴー

奇跡のコースに復帰してのあれこれ

FACIM読書会 11月 JTT Ch.4 (その1)

11/9。
FACIM読書会、今回はちょっと会場を変更して気分一新!時期的に寒くなり、皆さんお風邪を召していたようなのでリスケも考えましたが、全員のヤル気の方が上回っていたため予定通り決行!となりました。今回、私からは4章の要約シェアとなります。(じつは旅行が重なったせいで進捗が危うかったけど、ギリで間に合った〜笑)

 

教材:Journey through the Text of A Course in Miracles (現在地:Vol.1)
Kindle変換後のNo.と紙本のページを併記してます。


★Chapter 4 The Illusions of the Ego (p99〜)


No.3577/p101 In A Course in Miracles, Jesus almost always uses existence...
・コースで「存在(existence)」と言う時、(分離した存在としての)知覚世界とほとんど同義語として用いている。一方で「実存(being)」という言葉は、抽象的な霊の状態を指す。

No.3598/p102 Spirit and ego represent mutually exclusive states. Spirit...
・霊とエゴは排他的な関係にある。霊はエゴを知らないので、存在しない葛藤をどうにかすることもない。それゆえに、Jは自我と格闘してはならないと言っている。私たちが何かと闘うとき、明らかにそれをリアルにしてしまうから。
・霊はエゴと格闘することも、エゴを変更したり修正したりすることもない。それは幻想に過ぎないので、私たちが霊を選択する事を学ぶだけでエゴは消滅する。

No.3608/p102 However, this is not a course in reconciling opposites, a...
・コースは霊とエゴを調和させることは出来ないと言っている。光と闇、愛と恐れを調和させることはできない。なぜなら一方の存在によってもう一方は消えるから。全と無を調和させることは出来ないし、相互に親交することもない。

No.3692/p105 As the ego is not aware of spirit, the threat to it is not God or...
・エゴが霊を知らない以上、エゴにとっての脅威は神でも聖霊でもなく、心の決断の主体である。それだけが唯一、エゴに存在する力を与えており、その力が撤回されたらエゴは元の無へと消滅するしかない。

No.3768/p107 One final point in this section: it is important to remember...
・覚えておくべき重要なことは、エゴは何か別個の存在などではなく、単に分離を好む私たちの一部分に過ぎないということ。分離を選んだ心の決断だけがエゴを生起させており、絶え間ない選択によってその状態を維持している。そして「どちらか1つだけ」の原則によって、私たちの霊としての記憶は葬られてしまった。
・コースの中心的なテーマは、私たちがその間違った選択を訂正できるということ — それが心の持つ選択の力である。

No.3800/p108 Physical appetites such as the need for food, drink, sex,...
・食欲、渇き、性欲、快楽、休息などの肉体的欲求は明らかに肉体に根ざしているように見える。しかし、これらの欲求は肉体とは何の関係もない。肉体自体は何もせず、何も感じず、何の欲求もない。肉体の体験は心に根ざしており、決してその源を離れたことはない。
・エゴは私たちが肉体的な必要性を満たすことで心の満足を得ており、分離した存在が肉体に宿るという想念を強化する。その真の目的は肉体を満足させることではなく — 無であるものがどうして満足できるだろう? — 心を無くしたままにすることで心を隠すことなのだ。

No.3845/p109 From the point of view of A Course in Miracles, all activity is...
・コースの観点からみると、いかなる活動も必須ではない。私たちが日常体験を客観的に眺めてみても、私たちを夢中にさせている活動が重要でない事は認めざるを得ないだろう。学びは心の中でしか起こらない。そして私たちが肉体で忙しくしている間は、選び直すための心の力を学ぶことはできない。

No.3862/p109 The question what is it for? will never be satisfactorily...
・「それは何のためのものか(T-17.VI.2)」という問いは、世界の目的が私たちを心の無い状態に保つためだと認識しない限り十分に答えられないだろう。「病気は真理に対抗する防衛である(L136)」はこの事をよく表している。真理が私たちの心に見えはじめると、エゴは恐れ、この脅威に対抗するため肉体に注意を向けさせようとして病気を用いる。私たちの人生は肉体を忙しくさせるという目的があるのだ。

No.3877/p110 When we recognize that something is wrong here and no...
・この世界は何かがおかしく、エゴが差し出した解決策がひとつも上手くいかないとき、私たちはエゴが絶対に聞きたくない問いを発する:「別の道があるのではないか?」と。この問いがエゴの終わりの始まりとなる。この必然を避けるために、私たちは問題をこの世界の中で解決するよう仕向けられ、次から次へと上手くいかない解決策を試すことになる。

*****

。。。ここで一旦分割して、Chapter4(その2)に続きます!