ACIMタッチアンドゴー

奇跡のコースに復帰してのあれこれ

Tao House 勉強会 8月

8/18。

ひとつき空けて開催された8月のTao House勉強会に参加してきました。
こちらはというと、仕事を辞めて突然の自由時間が出現したものの、先月あたりは自分でも何をしていいか分からなくてちょっと迷走気味でした。でも、その回り道のお陰で「やっぱり今はお絵描きを頑張ろう」と思えたタイミングだったので良かったです。

 

実は、ちょうど迷走から抜け出そうともがいてた時期に、離婚で病んでるニコちゃんをはじめとした「ちょっと疲れて参ってる男子」から立て続けにコンタクトがあり、少し気が散っていました。

もうひとりの同級生仲間のウオキンも、毎晩終電まで残業というブラック環境でヨレヨレになっており、毎日のようにSNSで「トベちゃん、トベちゃん」とSOS祭り。しかも忘れたころにリノさんから電話があり「仕事決まったけど夜勤が大変で…」とかなんとか。わかるよ、わかりますよ、でも私はあんたらを慰める係じゃないっつーの!!

 

ひとつひとつは小さな事だけど、同じ時期に疲労男子が3人も出現した事が気になってたので、タオさんに聞いてみました。

「どうして私にヨシヨシして貰いたがる男子ばかり現れるんでしょう?」

「そうね、一番ヨシヨシが必要だと思ってるのはトベちゃん自身なのかもね。」

「えええ?私が?な、何に対してですか??」

「過去に自分が乗り越えてきたこと、頑張ってきたことを、まだ誰かに認めて欲しいと感じてるんじゃないかしら。自分は神にヨシヨシして貰えないという夢ね」

「そ、それで自分が神に代わって他人をヨシヨシできる世界を…ゲフッ orz」

 

言われてみると思い当たるフシがあるのです。パートナーの背信が発覚したニコちゃんの離婚は内容的に私が通ってきた道と同じだし、ウオキンやリノさんに至っては「適性はあれど疑問も感じる仕事でデキル子を演じる」というアレと同じです。

彼らに対して「ヨシヨシ君たちよく頑張ったね」と励ますことで、間接的に自分を慰めていたというのはしっくり来ます。そんな手の込んだ方法を使ってでも、過去の問題をリアルにしたいということか。。。(~_~;)

 

もし聖霊の眼差しが彼らを見るなら、3人とも困ったちゃんではなく、神に創造されたままの麗しい兄弟なのでしょう。心の中ではそう思うことにします。いつも出来るわけじゃないけど、もし「こいつら甘えやがって…」とか思ってる自分に気づいたら一瞬でも思い出すことにします。でないと私は、過去の影をいつまでも温存することになりそうです。

 

描くことが象徴するもの

さて、タオさんからは今回も素敵アドバイスがあったのですが、それはちょうど私が直感的に感じてたことと一致してました。つまり、幻想レベルの話という但し書きはあるものの、いま自分にできることは「絵を描くことをこのまま続ける」ということです。(現状、絵では1円も稼げないので心苦しくはあるんだけど…)

 

絵を描くことと外界での出来事との間に何の接点があるんだ?と思うけど、私の場合は大きく関係している気がしてなりません。幼い頃から、私にとって絵を描くこととは、自分が何者なのかを象徴的に定義するものだったのではないかと。それは、私という意識の断片にとって何が喜びなのか?ということのシンボルであるように感じます。

 

もちろん内容だけを重視するACIMの観点からは、絵を描くという行為自体には何の意味もないので、あまり形態にフォーカスするつもりはありません。こうした個人的な楽しみが、赦しとは何の関係もない事も承知しています。だとしても「描く」という行為を通じて心に喚起される何か (それは言葉にできないけど善いものです…) があるのは確かなので、できればその感覚からあまり離れたくない、というのが今の心境です。

 

個人的には、それはワプニック博士がクラシック音楽をこよなく愛したことと同じカテゴリの何かだと思っています (A Symphony of Love内の博士自伝に詳しいです)。あるいは、ゲイリーがギターやスポーツや映画を愛することとか、シンディが歌わずにいられないこととにも通じる気がします。そうした楽しみが、夢を強化にする目的に使われるのでなければ、そこに喜びを見出すこと自体は問題ないはずです。

 

ただ、博士を始めとする教師がその事についてあまり話さないのは、それらが非常に個人的な体験であり、なおかつレベルの混同を起こしやすいネタだからだと思います。実際、博士は音楽を通じてかなり神秘体験をしていた事が伺えますが、公の講座では一切その事について触れていません。(そんな話をしたら、私たちが勘違いする事をよく知っていたからでしょう)

 

タオさんもそのへんの言葉にしづらい部分をよく分かってくれていて、だからこそ初めて会ったその日からずっと、あくまでも個人的なアドバイスとして、私に絵を描くよう励まし続けてくれたんだ。。。という事が今になってだんだん実感できるようになってきました。

 

「トベちゃんは、誤創造するヒマがないくらい描いたらいいのよ。笑」

というタオさんの一言が心に残ってます。それは私がなんとなく感じていたことを的確に言い表してくれていたからです。要は、私が自分自身を幸せな存在(=絵描き)として認識することができていれば、自然と幸せな人々に出会うことが増えるだろうし、逆に弱った男子をヨシヨシしてまわるような状況は発生しないだろうなという事です。

そして、そうした外的な変化は象徴的なものであって、実際には内面が変化することを指しているのだと理解しています。