ACIMタッチアンドゴー

奇跡のコースに復帰したのが奇跡

相手のほうに歩み寄ること

先日のゲイリー達のオンライン講座で、Q&Aのときになんとなく思ったことを書いてみます。

ちなみにオンライン講座では誰かが質問を投稿すると、それに対して視聴者が投票できる仕組みがあり、多くの得票のあった質問が上位に来るようになってます。で、たまに素朴な疑問に票が集まって上位に来たりすることがあるのですが。。。(例えば、神はどうして神の子の誤創造を止められなかったの?みたいな)

 

それでいつも驚くのは、ゲイリーとシンディは今まで繰り返し尋ねられたであろう質問に対しても、まるで初めて回答するみたいに真摯に向き合うんだな〜と。その質問がどんなにベーシック(二元的)でも、必ず相手が理解できる前提に合わせて丁寧に解説していて、決して質問者のどこが間違ってるかというような切り口から入ることはありません。

 

そんなときゲイリー達は必ず「いい質問をありがとう。あなたがそう思うのはもっともだね」と言って、相手のいる場所に歩み寄ってくれる感じなのです。でもそんなやり方だと、相手は自分の勘違いにずっと気づかないんじゃ。。。と思うけど、ゲイリー達の焦点は「相手の今の理解を正すこと」ではないように思えてきました。むしろ、現時点で相手の言動が正しいかどうかはあまり重視していないのかも。

 

おそらく彼らが日頃から言っているように、いつか必ず到達する相手の霊的な完全性のほうに信頼を寄せているからこそ、何がなんでも相手に今すぐコースの正解を理解させてやろうといった気負いがないのでしょう。(同じ方向性でも、ワプニック博士は格調高く丁寧で、ゲイリー達はフレンドリーな感じ!?)

 

そんな2人の質疑応答を眺めていて、ふと、2000年前のJは今よりもっと混乱に満ちた質問に晒されていただろうけど、Jもきっと相手の間違いを正すのではなく、それぞれの理解レベルに合わせた例え話なんかをしていたんだろうな、などと思ったり。それがまた、今回のテーマ「誤りの訂正」で言わんとしていた内容とも深くリンクしているように感じました。

 

もしかするとゲイリー達の質疑応答で大事なのは、彼らが言葉で語る内容よりも、その在り方を観察することなのかも知れないなと思い始めています。