ACIMタッチアンドゴー

奇跡のコースに復帰したのが奇跡

Workbook レッスン188

レッスン188

神の平安は今、私の中に輝いている。

Lesson 188. The peace of God is shining in me now.

 

2/15。今日の主題概念は、今の自分には体感できないです(神の平安→わかりません)。分かるとしたら平安との間にだいぶ隔たりがあるという事くらい。だけど、自分が進みたい方向を明らかにするつもりでやってみようと思います。

 

奇跡講座 下巻 ワークブックp396

『神の平安は、今あなたの中で輝き、あなたの胸(こころ)から世界中へと延長される。それは生命(いのち)あるものに出会うたびに立ち止まって抱擁し、そこに永遠に留まる祝福を残す。それが与えるものは、必ず永遠なるものである。それは、はかなく価値なきものについての想念をすべて取り除く。』

 

【練習】

p397に、『静かに座り、目を閉じなさい…』という瞑想の指示があります。外の世界を退けて、自分の想念が内なる平安に向かうようにとのこと。あと、次の祈りの言葉があります:

神の平安は今、私の中に輝いている。その平安の中で、すべてが私を照らしますように。私が自分の内なる光により一切を祝福できますように。

 

回数とかは任意な感じがするので、通勤中や休憩時などに実施してみようと思います。

言われた通りに出来るかどうかはともかく、何分か目を閉じて座るのはリラックス出来るので前向きに取り組んでみます。

 

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身近なところで職場の兄弟に次々と病気が見つかり、病気はもはや私一人の話ではなくなってきました。


人が病気になるのは一般的には生活習慣だとか精神ストレスとか言われてます。でも、友達のロクザさんは私と正反対。喫煙者で、大食いで、肥満で、仕事のストレスMAXで、毎晩深夜まで残業して睡眠不足だけど、彼は病気になりません。

もしかして病気と生活形態との間に、言われているほどの因果関係はないんじゃないか、と思ったりもします。


ACIMでは、病気の真の原因は、否認された心の問題(神から離れる想念)が身体に投影されたものである、と教えています。それは、表層意識で感じる訳にはいかない深い悲しみとか、怒りとか、罪悪感とか、恐怖とか、自己否定とかが、それらすべての根っこにある「死の想念」を細胞レベルで表現しているようにも思われます。

 

そういう意味で、私と、美人部長と、エースのお兄さんに何らかの共通点があるとすれば、どこかしら強烈に人間不信な側面がある事かも知れません。私や美人部長は、表向きは如才なく振る舞うタイプですが、お互いひどい離婚経験があり「もう男性は信じられないから二度と結婚はしない」と心に刻んでしまった派です。(私はなんとかその間違いを手放したいけど、苦戦してます)

エースのお兄さんに至っては、過去に何があったか分かりませんが、見るからに対人面の壁が厚くて「何人たりとも自分の心には触れさせない」という強い意志を感じるほどです。

 

まあ、この辺は私の勝手なタワゴトなので、だからどうした?という以上の話ではありません。だけど、同じタイミングで似たような課題に直面するからには、3人とも心のレベルで何らかのつながりがあるのかも知れない、と思ったりもするのです。

 

正直、3人とも会話することはほとんどなく、互いの事は知らないも同然です。でも、ACIMの赦しは相手を知っているかどうかに関わらないので、引き続き、心の目で兄弟を見る練習を続けたいと思います。