ACIMタッチアンドゴー

奇跡のコースに復帰したのが奇跡

ワプニック博士に励まされたこと

先日、ゲイリー本にあった赦しの3ステップをまとめてみましたが、やっぱり一番難しいのはステップ1だと思います。とりわけ、ステップ1前半の「エゴに気づく」に比べて、後半「エゴ思考をやめる」のほうは段違いに難しいと思います。
もちろん雑念レベルのエゴ想念だったら、自分の意志で一旦思考をストップさせることはできます。だけど、もっと根が深そうな恐怖感とか怒りとかが浮上してしまった時、その苦痛から逃れたくてもどうにもならないことがよくあると思うんです。

こんな時自分にありがちだったのは、赦しに失敗している自分を責めて、罪悪感を上塗りするというNGスパイラルに陥ることでした。そんな時の心の支えだったのが、facim.orgに掲載されているワプニック博士の講話の抜粋テキストです。これは私があれこれの心理的苦痛で悶えていた頃に、先輩学習者の方がメールで勧めてくれたのがきっかけで読み始めたのですが、まさに命綱となりました(今でも本当に感謝)。

中でもRules for Decision Part3の内容は、エゴを手放せない壁にぶちあたって苦しんでいるすべての学習者に向けられた、この上なく優しい励ましだと思います。この中で、ワプニック博士は、ステップ1前半の「エゴに気づく」ことの奥深さと重要性をかなり詳しく説明していて、「まずは気づくだけで十分だ」と言ってくれてます。

ちなみにRules for Decisionそのものは、ワプニック博士によるテキスト30章「I. 決断のためのルール」などの講話の書き起こしで全13ページもある長文です。その中の3ページ目となるPart3の中からいくつかの文章を抜粋して、自分なりに訳してみました。以下の抜粋は出てきた順番通りではなく、並べ替えてあります。
格調高さゼロな意訳ですみませんが、何かの役に立ちますように。。。

Rules for Decision Part3より抜粋 (順不同)

↓Simply say: "Ah! That's my ego in action...
(怒り、憂鬱、罪悪感などの不快感を前にしたとき) 自分にこう言いましょう:「ああこれは私のエゴのはたらきだ。私は明らかに、私はまだ神の愛と平安を恐れている。」
そう言うことではじめて、あなたは全く正直でいることになります。それだけであなたは千年もの時間を節約できるのです。なぜならあなたは、一歩ひいた地点からエゴを見つめるというプロセスを学んでいるからです。あなたはエゴを裁かず、エゴと戦かわず、エゴに抵抗せず、エゴを修正せず、ただエゴを見つめてこう宣言しているのです:「これは私のエゴなんだ。私はそれを手放したくないけど、それは罪じゃないんだ。」

↓Because you are holding on to grievances...
あなたは不満を手放したくはないのです。あなたは明日の会議についての心配ごとにしがみついています。あなた具合が悪いままでいられるように痛みにしがみついてます。これらのことは、あなたが平安を望んでいない証拠です。だからといって「奇跡講座」を頭に叩き込んで、私は平安を望みますなどと自分に言い聞かせても役立ちません。役立つとすれば次のことを思い出すことです:いかなる不快感(心理的・身体的に関わらず)も、イエス(聖霊)ではなくエゴを選択したことから来ていて、それは平安の代わりに葛藤をもたらす選択だけども、それでオーライ(大丈夫)なのだと。

↓I am still too afraid of the Love of God, but that is all right...
「私はまだ神の愛と平安が怖くてならないけど、それでオーライ(大丈夫)なんだ」というとき、この「オーライ(大丈夫)」という言葉が何よりも大事です。それにより、あなたは自分自身のエゴを、ひどいもの、罪深いもの、悪いもの、邪悪なもの、と見なすような判断を下さなくて済むからです。このときあなたは自分のエゴを見つめながらこう言っているのです:「これは私が選択しているものなんだ。でもそのことが、イエス(聖霊)の私に対する愛に影響を与えることはないんだ。」

↓I know that my specialness will not give me...
「私が本当に望むような(幸せな)1日は、自分の特別性を通じては与えられないと分かっている。エゴが望むような一日は与えられるだろうけど、それは私が本当に望んでいる一日じゃない。ということは、私はいまだに心が分裂したままだということだ。しかし、分裂があるから私が邪悪だとか罪深いとかいうことにはならない。私は今日ほんとうの幸せを見つけることはないだろうけど、そもそもそれを見つけたいと思ってないのだから当然の事だし、それで全くオーライ(大丈夫)なんだ。」

↓At least, then, you are being honest and open...
そのように捉えれば、少なくとも、あなたは自分自身に対して正直かつオープンな態度でいることになり、ひいてはイエス(聖霊)に対しても心が開けていることになります。だからこそ千年もの節約ができるのです。ゴールはあなた自身の特別性、罪悪感、攻撃の考え、病気などを「なくす」ことではありません。ここでのゴールは、あなたが自分でそれらを選んだことに「気づく」ことであり、それによっていつか自分に準備ができた時に「選択しなおす」ことができるようになることです。

↓It says nothing about trying to change your ego...
「奇跡講座」はエゴを修正せよとか、エゴと戦えとか、エゴに打ち克つべき、などということはひとつも言ってません。ただ単にこう言っているのです:「自分のエゴを見つめて微笑みなさい。それは無にすぎないのだから。」

↓Whatever that thought is within yourself...
心の中にどのような(分離の)想念があっても、それを正当化しないこと。理屈づけしないこと。罪悪感を感じないこと。判断しないこと。その想念をただありのままに見つめて、微笑みかけましょう。「自分自身と格闘してはならない(T-30.I)」とはそういう意味です。

以上です。
個人的には、いつか加藤三代子先生が全文翻訳してくれないかなー、と妄想してます。。。